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日本の政治が大きく揺れる2026年。
あまりに衝撃的なニュースが飛び込んできました。
立憲民主党と公明党が電撃的に歩み寄り、新党を結成したということ。
舌の根も乾かぬうちに・・・・・・という言葉が頭の中を駆け巡ったのは私だけではないはず。
だって、長年連れ添った自公連立が終焉を迎えたのは昨年10月のこと。
それまで激しく戦っていた野党第一党と、公明党の合流?
この光景を見て、何とも言えない既視感を覚えた方もいたのではないでしょうか?
今から30年以上も昔、同じように非自民という旗印の下、巨大な戦艦が誕生しています。
その名は「新進党」。
かつて稀代の策士・小沢一郎氏が夢見た政権交代という野望。
そして敗北。
それが今、野田佳彦という男の手によって、再び歴史の表舞台に引きずり出されようとしています。
しかも今回も裏で糸を引いているのは小沢一郎氏との噂もあります。
ということで本日は、繰り返される歴史の螺旋、野望と挫折の30年史を紐解いてみます。
破壊と創造の青い旋風「新進党」

物語の始まりは1994年。
自民党を飛び出した「壊し屋」小沢一郎。
彼が描いたのは、強いリーダーシップを持つ二大政党制という、当時の日本にはあまりに刺激的な青写真でした。
そして集まったのは保守、リベラル、そして強固な集票組織を誇る公明党……。
本来混ざり合うはずのない者たちを、強引に一つの器へと流し込み、自民党と対抗させるためだけに誕生したのが「新進党」だったわけです。
そして結果的に、非自民で最多の国会議員を擁する政党となります。
少しややこしいので、時代背景を説明しますね。
この当時、小さな政党が乱立を始めていました。これは現在の状況と似ています。

1993年には自民党発足以来初めて、細川護煕氏を総理大臣とした非自民政権が発足しています。64日しかなかったけれど、羽田孜総理大臣もありました。
この2つは短命に終わり、翌年の1994年6月には自民党が再び与党になります。とはいえ、総理大臣は日本社会党の村山富市氏で、自民党のほか、日本社会党・新党さきがけによる連合でした。

それはさておき、この影響で下野することとなった非自民・非共産勢力は、「なんとかしなければならない!」と、新党を結成する流れに一気に傾きます。
この当時、日本は二大政党に向かっていたし、選挙制度もその方向で変わるタイミングでした。新しくなる選挙制度とはほぼ今の衆議院議員選挙と同じです。
そして、新生党と公明党・民社党・日本新党・自由改革連合などが結集することになりました。
ちなみに、公明党は段階的な新党参加となったため分党して、新党合流組は「公明新党」を結成するという若干ややこしいことになります。
この全体の流れを指揮していたのが小沢一郎。「青い旋風」と呼ばれたその勢いは、確かに自民党を震え上がらせました。
しかし、その内部はまさに「水と油」。
小沢氏の強引な手法への反発と、理念を異にする者たちの軋轢……。結果的に巨大な戦艦は、大海原へ出る前に、内側から崩壊の音を響かせ始めていきました。
理想は崩壊し、空中分解へ
それぞれのポリシーを曲げてまでも、一つの党にまとまった新進党。
でも、結成からわずか3年。1997年の冬には、あまりにあっけなく解党することになりました。
まぁ、なるべくしてなったという感じなのですが・・・。

しかも、政党がバラバラになるのではなく、6つの新しい党に分かれるという特殊な形、つまり、分党して幕を閉じます。これは政党助成金などの現実的な事情もありましたけれど、中身はまさに空中分解・・・・・・。

そして6つの党はさまざまな党名になりましたが、公明党は「新党平和・黎明クラブ」を経由して、再び「公明党」という党名にもどりました。
政権交代の夢は露と消えましたが、公明党は独自の道を歩み始めることになります。
彼らが新たなパートナーに選んだのは……驚くべきことに、かつての宿敵・自民党。ここから、25年以上にわたる「自公連立」という時代が始まります。公明党の政権与党へのこだわりって本当にすごいもので、これは執着ともいえまます。
2026年、運命の引き金は再び引かれた
時は流れ、2026年。
高政権が誕生すると、長年連れ添った自民と公明の間に、ついに修復不可能な亀裂が入りました。この絶好の機会を見逃さなかったのが、立憲民主党を率いる野田佳彦。かつて民主党政権の幕引きを担い、泥をすするような屈辱を味わってきた人物です。

野田氏は小沢氏のような剛腕ではなく、粘り強い対話で公明党の心を解きほぐしました。
でも、気になるのは、高市氏が総理大臣に指名される頃から、立憲は公明党に接近していったと野田氏が言った点。後に撤回してるけど、おそらく本当。
公明党は与党にいながら、新たな枠組みを狙って連立解消ってどうなの?って思うのは私だけ?
しかも、その裏には小沢一郎氏の影が見え隠れって言われてる。小沢氏は現在も、立憲民主党所属の衆議院議員なわけだけれども、あまり表に出てきている印象はない。これは小沢氏本人だけじゃなく、小沢氏の側近たちも同じこと。

小沢氏は高齢だから、年齢的にも最後にひと花って感じかもしれない。これは今後、側近ったちが表舞台にでるかどうかを見ていればわかりそうですね。
歴史は繰り返すか、乗り越えるか
立憲と公明が合体した新しい党名は「中道改革連合」。
両党は「中道の結集だって言っているけど、それは建前にしか見えません。だって公明党は、中身はどうであれ、ずっと中道だと言ってきた。
けれど、立憲はそもそも、「希望の党」を結党する時に、仲間入りさせてもらえなかったリベラル系議員をまとめて作った党のはず。
中道は中立や穏健さ、リベラルは変革や自由を強調する点で全く違いますよね。
こうなると、「超落ち目で議席数が半減する」とも言われた立憲と公明が、「なんとか生き残ろう」「創価学会の票を有利に使おう」って、数合わせを考えたとしか思えません。その証拠に、立憲民主党はこれまでの主張をすべて捨てる方向。
原発再稼働を容認し、集団的自衛権の行使は可能だと言い、安全保障法制は合憲と認め、憲法改正も賛成と言い出した。
同時に、ともすれば消滅しそうだった公明党にとっても、比例名簿一位の座を無条件に獲得できるのは魅力的。ジャーナリストによっては、3位まで公明党が独占という約束じゃないかって言う人もいるわけで、消滅しないどころか、議席数キープ!

それにしても、公明はあまりにも強気。
学会員を納得させるためなのか、「新党に来る人はもう立憲民主の人じゃない。私たちの掲げる考えに賛同した人だ」なんて言って、立憲を全否定しちゃっています。
立憲の原口一博議員とか、めちゃくちゃ怒っちゃって、別の新党を立ち上げるって宣言し、「ゆうこく連合」という新党を作っちゃいました。ある意味、当然。
両党はこれまで、選挙戦でも国会内でも、時には罵り合ってきた関係。上手くいくわけない・・・と思っているのは私だけでしょうかね。
つまり、過去に新進党を飲み込んだ「内紛」という名の魔物は、今回も暗闇で目を光らせているってこと。
理念の相違、支持者たちの反発。
野田氏の野望が、過去の挫折を超えていけるのか。
しかもその相手は、過去に挫折した自分たち自身。
その答えは、間もなく行われる総選挙、そしてその先に待ち受ける日本の姿が証明することでしょう。
歴史は繰り返されるといいます。
けれど、過去を学ぶ者だけが、その螺旋を上へと進められるわけ。
このブログを読んでいただいた方は、この令和の新進党に何を期待し、何を懸念しているのでしょうか?
